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【コラム】デジタル化がもたらすテレビ番組の「質の低下」 [ポータルサイト - Wikipedia]



(NIKKEI NET IT+PLUS “テレビの未来”)[09/08/26]

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「最近のテレビ番組の質の低下には目に余るものがある」という意見をよく聞く。
人によって意味することは異なるだろうが、制作現場の状況を改めて見直してみると、
デジタル化によって負のスパイラルが起きていることもその一因だとわかる。
(江口靖二)

■最初に落とした制作費という「砂袋」
ニワトリが先か卵が先か議論は分かれるだろうが、負のスパイラルで最初に起きたのは視聴率の
低下である。その理由は、すでに語り尽くされているようにゲームやネットの影響、
タイムシフト視聴などいろいろとある。

視聴率が下がると、広告主がCMを減らしたり、広告単価が下がったり、あるいはもっと視聴率を
上げるようにプレッシャーをかけたりすることになる。広告費が下がるとテレビ局の経営陣は
単純思考でコストを抑えようとする。

事業として成功してきたテレビ局には、落とすことができる砂袋がいくらでもある。そのなかで
まず圧縮されたのは、人件費でも豪華な社屋でも最新鋭のデジタル放送機器でもない。番組を制作する
下請け会社に支払う番組制作費である。制作会社側も請負体質が染みついてしまっていて、
2割、3割とカットされても立場的に受け入れざるを得なかった。

■制作現場にも浸透したデジタル化
ここで重要なキーワードが「デジタル」である。テレビ局がデジタル放送を開始し、放送局内はもちろん
家庭のテレビもデジタル化が進んでいる。そしてこのデジタル化は、制作現場にも着実に浸透した。

まず撮影段階ではカメラがデジタル化された。かつてはレンズと合わせて1000万円を超えるような
カメラが主流だったが、ここ何年かで非常に小型で安価なカメラでも放送クオリティーに十分
堪えられる画質になった。実際、手軽で機動性の高い家庭用デジタルビデオカメラが使われる場合も多い。

同時に、かつては1回のロケでディレクター、カメラマン、ビデオエンジニア、音声マン、照明マン、
さらにはロケ車のドライバーと数人のチームを組んでいた撮影が、予算削減によってカメラマンと
ディレクターの2人、あるいはディレクター1人に任されるという状況も出てきた。

■職人技が伝承されず失われていく
デジタル撮影された映像素材は、その後の編集作業でもそのままデジタル処理されるが、マシンスペックが
どんどん上がり一般のパソコン程度の機材でも編集が可能になった。かつては専用のビデオ編集室で
ディレクターと編集マンが作業したが、今ではディレクター自らがパソコンでこなすことも少なくない。
デジタル化によって、映像クオリティー的には誰でも十二分なものを作り出すことが
可能になったからである。

これまで何人もの人間が手間と時間をかけて作業していたものが、1人でこなせるようになった。
もちろんこれは技術の進化による恩恵ではあるが、一方で職人的な専門技術者との共同作業によって
ノウハウを得て伝承していく部分がどんどん失われている。先人たちの経験が生かされにくい環境に
あるのは間違いない。

-続きます--続きです-

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■効率化の弊害は番組演出にも
番組の演出では、いつのころからか言葉を文字テロップで補足する手法が主流になった。
そのための文字起こしや字幕入れの作業は新たに増えたが、昔のように写植屋さんに原稿を渡して
紙に印刷したものをカメラで再撮影して重ねるなどといった手間はかからない。
パソコンに文字を打ち込んで自在にフォントを変え、ノンリニア編集という技術で何回でも自在に
変更できる。

1時間の番組の中で1カ所の文字間違いがあった場合、かつては1時間かけてコピーしながら
修正する必要があった。今ではそこだけ瞬時に修正することができる。この劇的な効率化が
なぜ質の劣化につながるのか分かりにくいかもしれないが、いつでも直せるということは入念な確認を
怠る結果にもつながっているのである。デジタル化で省力化したが、すべて1人でできることによる
弊害も相当増加しているといえるだろう。

毎週のレギュラー番組のオンエアは、これを連続的にこなす作業であり、考える余裕がなくなってしまう。
そのため安易な演出に流れ、視聴者からはくだらない、つまらないと評され、視聴率が下がり、
士気が低下する。まさに悪循環である。

■技術革新の恩恵をどう味方につけるか
こうした環境は低賃金で過酷な労働を産み、これでは割に合わないと去っていく人も少なくない。
本当に熱意ある人だけが残るという部分にも期待したいが、これまではしわ寄せが下請け制作会社に
集中し、テレビ局員は高給を維持できたため、抜本的に構造が変わることはなかった。

ただし、ここにきてローカル局だけでなく、キー局も人件費に手をつけざるを得ない状況に入っている。
仮にテレビ局員の給料が半分になったとして、今までの士気を維持できるのか。あるいは給料が半分でも
やりたいという意欲を持つ人が外部から参入することでクオリティーが上がるのか。
正直私もよくわからない。

いずれにせよ、デジタル化による変革はテレビ業界に限ったことではない。そしてデジタル化が
悪いわけでもない。よいコンテンツを作るにはやはり制作費は多い方がいいわけで、重要なのは
技術革新の恩恵をどこにどうやって利用するかの目利きとメリハリだろう。変革を味方につける努力が
やはりテレビ局にはまだまだ足りていないといわざるを得ないのだろう。

-筆者紹介- 江口 靖二 デジタルメディアコンサルタント
略歴
1986年慶應義塾大学商学部卒、慶應義塾大学新聞研究所修了、日本ケーブルテレビジョン(JCTV)入社。
技術局、制作局、マルチメディア室、経営企画室を経て開発営業部長。CS、BS、地上波の番組制作、
運用を経験。00年AOLジャパン入社、コンテンツ部プログラミングマネジャー。
02年プラットイーズ設立に参画し放送通信領域のコンサルティングに従事。08年独立。
現在デジタルサイネージコンソーシアム常務理事、慶應義塾大学DMC機構研究員、
シェフィーロ取締役などを兼務。

-以上です-
関連スレは
【インタビュー】制作会社なくなったら 誰が番組作るのか (J-CASTニュース“連載「テレビ崩壊」”)[09/08/21]

デジタル化がもたらしたのではない。
前からつまらない独りよがりなところへ
制作費削減がやってきたからだ

タイトルだけ見てアホすぎてまともに読む気がしない。
テレビの質が下がったと称するならいつの時代のどの番組と比べてどういう部分が、
質が下がったのかを具体的に語らなきゃいけないけど、
そんな具体例をあげれたためしがない。

質はあきらかに昔の方が高かっただろ。
今ではテレビは馬鹿しか見てないと言われるが当時は馬鹿じゃない普通の人間も見てた。
70年代にはじまり今も続く長寿番組を見ると当時の名残が残ってる。

パネルクイズ アタック25
題名のない音楽会
みんなのうた
名曲アルバム
日曜美術館
テレビ寺子屋
徹子の部屋

昔の水戸黄門と今の水戸黄門比べてみると、
「質が下がったから視聴率が下がった」というのは簡単だけど、
実際にはカメラなどの機材は格段にレベルアップして、
出演者などのカツラのメイクや厚化粧がはっきりみえる。
質があがったから、人気がさがってるんだよ。


水戸プリンスホテル

水戸プリンスホテル

  • 場所: 茨城県水戸市桜川2-2-11
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実際はテレビの質はあがってるんだよ。
あがったから、視聴率が下がるんだよ。
昔はアイドルの前に全裸の子供たちを走らせてアイドルの反応を見る番組があったり、
おしっこをするのを我慢させて、我慢できなくなったらガラス張りのトイレを使わせる罰ゲームがあったり、
ノーベル平和賞受賞者に突撃して意味不明な歌をうたわせたり、
ひどい番組のオンパレード。

だから視聴率がとれたんだよ。
こないだ死んだ飯島愛だって深夜にホンジャマカなどと一緒に、
生パンツ鑑定とか、ブリーフに画鋲を入れて勃起をしたら負けとか、
低俗な番組にでまくって人気になったんだよ。

質の低下を語りだしたアホは、消えてくれ。

つまらなくなった理由は、質の低下とかくだらなさではなくて
「いらない配慮や規制」だと思う

昔からテレビはくだらないことをやっていた。
だからおもしろかったんだ

上にも書いてあったけど、下ネタ、貧富、差別はごく普通に出てた
お笑いに限って言えば特にそうだろう?

いまやスポンサーのライバルメーカーのロゴにボカシ入れるんだぜ
馬鹿馬鹿しくてつきあえないよ

テレビなんかはじめからバカの箱といわれて

社会評論家の大宅壮一に一億総白痴化(いちおくそうはくちか)と呼ばれ
「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、
人間の想像力や思考力を低下させてしまう」と喝破された。

あれから半世紀そのとうりだった。・・・  orz


テレビは日本人を「バカ」にしたか?―大宅壮一と「一億総白痴化」の時代 (平凡社新書)

テレビは日本人を「バカ」にしたか?―大宅壮一と「一億総白痴化」の時代 (平凡社新書)

  • 作者: 北村 充史
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 新書



すばらしい番組を作ろうと力めば力むほど視聴率が下がるんだよ。
その法則に気が付いてない。
すばらしい番組が視聴率をだすなら放送大学は超高視聴率にならないといけない。
なぜNHKが基本的に民放に負けてるのか。民放よりもまじめに配慮して作るから。
質は低下してなくて、質はあがってるんだよ。

ことしの頭にもNHKでそんな討論番組あったね。
デジタル化云々でなく、魅力ある番組を放送することで一致したんじゃね?

ただ、今のテレビはどれも再放送・つばらない芸人ばかりのクイズ、雑学系ばかりだし
質の低下はテレビ局が起こしてる事であって、制作費云々ではない。製作サイドの問題。

地方番組じゃ安いモデルを用いたおもしろい番組もあるだろうに
今の東京(全国ネット)の放送局の制作者がバブル時代の人間ばかりなだけだろ。
視聴者のニーズに合わないなら 新たなジャンルを作ればいいのに
結局はデジタル化、不景気は制作側には関係ない。

今までのテレビ番組の中に、「質」を賛美される番組はあったんでしょうか。

ここで言う「質」は、適度に視聴率を取れる、
社会問題化しない、テレビ局にとって都合のいい番組ということでしょう。

視聴者・お客様の視点は、あまり関係なさそうですけどね。

デジタル化関係無いよ。コイツの考察は的外れもいいところ。
むしろ報道やバラエティに関してはハンディが現場に入り込むことで、
大型カメラでは撮れなかったものも撮れるようになったわけだし。
たんにテレビというメディアが成熟期を過ぎて衰退期に入ったというだけだよ。
なにか理由を付けてそれが改善されれば、
と考えるのは未だテレビにすがりついて生きていたいという証。
デジタル化がその要因だとする江口氏もその一人なわけだ。

TV局主導の番組制作というやり方そのものが終わってる。

これからは作りたい人が勝手にコンテンツを作って、
あとは目的と予算に応じてTVなりネットなり好きなところに流してくださいねってことになるだろう。

番組のみならず、広告もそう言う方向にむかうと思う。

TV(電波を四方八方に飛ばして、一方的にコンテンツを視聴させるやり方)
の存在価値がゼロになるとは思わないけど、
一昔前と比べて限りなく低くなっていくのは決定的な流れだと思う。

単に嗜好が多様化して、テレビ番組の地位が「相対的に」下がっただけじゃないの?
嗜好の多様化、細分化は世の中のあらゆる分野で起こってる現象ですよね。

それが一番大きい。ドラマなんかは昔の方が面白いと思えるが、バラエティなんか
昔から下らない。日テレでやってた電波少年だっけ?くだらなすぎて全くみなかったが、
やたら人気があった記憶がある。

もっとも安易な方向に流されてるのは事実だし、日本ドラマはHD化であらばかりが
目立つようになって映像の質まで低下してるから、予算の制約は大きいという指摘は
正しくはある。

「バラエティ」には多様性という意味もある。
今テレビで放送される「バラエティ番組」は多様性どころか実に画一的である。
同じ構成、同じ芸人、同じ映像・・・
昔のテレビはよかったというのは、
硬軟さまざまな番組があって「バラエティ」に富んでいたからである。
硬派なドキュメント番組があり、おっぱいポロリとかパンツを降ろす
といった低俗な番組があってもいいのである。
今のテレビには過激な低俗番組もなければ、硬派な教育的番組もない。
画一化してるのがダメなのである。
報道ニュース番組ですらゆるゆるな「バラエティ番組」と化しているのが問題なのだ。
報道は余計な装飾をせずに徹底して真面目にやり、
バカな番組は徹底的にバカをやればいいのである。

s70286.jpg

つうかこのテロップなんか
日本人がやってるのか?
普通間違えないだろw
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